他の記事を探す

エルミタージュ劇場 『バレエ・ミニアチュール』-L・ヤコブソンとY・ペトゥホフ振付 (サンクト・ペテルブルク・アカデミー・バレエ) 2010年3月3日

2010年3月3日

「バレエ・ミニアチュール」はもともとヤコブソンが創った一連の小品集の総称ですが、今夜は「小品集」の意味で今夜のコンサートの題名になりました。第一部はヤコブソンによる振付、第二部は現在の芸術監督ペトゥホフの作品が並びました。

<第一部>
「パ・デ・カトル」
音楽:V・ベッリーニ
19世紀前半の有名なバレリーナ4人(タリオーニ・チェリート・グリジ・グラン)を描いた銅版画から着想を得たそうですが、同時に空・風・雨・雲を象徴してもいるのだとか。19世紀に作られたパ・デ・カトルでは、希代の名花たちがそれぞれの魅力を最大限に観客に披露しました。そこでは優雅な女性美が強調されました。20世紀のヤコブソンは妖精に身をやつした透明な存在としての女性を表わしたかに思われます。最初と最後の一曲は4人が片時もつないだ手を離さずに踊ります。彼女たちをつなぐ輪は調和の象徴でありながらも、一人だけ目立とうとするのを牽制するような、19世紀のパ・デ・カトルのアレゴリーにも見えます。目を奪われるような美しいポーズの連続ですが、ヤコブソンの「音符の一つ一つに振りがある」という優れた音楽性が逆に災いしたか、現代の演じ方のせいか、全体にあわてた感じがあります。

≪ロダンの彫刻によるバレエ・コンポジション≫
「永遠の春」「接吻」「永遠の偶像」音楽:K・ドビュッシー
「絶望」「エクスタシー」音楽:S・プロコフィエフ
「ミノタウロスとニンフ」音楽:A・ベルグ 
 女性一人で演じられる「絶望」以外、すべてペアの踊りです。揺れ動く男女の心の機微が繊細なラインを描く動きによって表わされます。全身白タイツのダンサーたちは、まさに彫刻が生命を受けて観客の前に現れたかのようです。

「婚礼の行列」一幕バレエ 
音楽:D・ショスタコーヴィチ(ピアノトリオ2番第4楽章)
 執拗に繰り返される物悲しいユダヤの旋律、頭のねじを一本ひん曲げられるような激情的な曲を背景に、貧しい恋人たちの悲劇が繰り広げられます。裕福な花婿に嫁に出される女の子。でも彼女の心は貧しい恋人のところに。それぞれの両親や友達、音楽家たちも巻き込んでのエピゾードに富んだ行列です。振付家がシャガールの絵にインスパイアされたという通り、ダンサーの体の動きは不自然にねじくれ、悲しみに押しつぶされたようなひしゃげたポーズがしばしば見受けられます。恋人同士が幸せだったころを想い出す場面では、女性が空を飛ぶように見えるリフトのシーンもあります。印象的だったのは行列の後にのこされた貧しい恋人の孤独なモノローグです。心の震えが体にも伝わり、こきざみな動きを見せる手足が、観客の心までも締め付けるような悲しみに襲わせます。頬をつたう涙のしずくを集め、飲み込む仕草をするときは、苦い水滴がのどを通っていくのを感じてはっとするでしょう。美術を担当したレヴェンターリもシャガールの世界を舞台上に実現するのに一役買っています。絵画にほぼ忠実に再現された衣装のほか、暗い色に塗られた出演者の顔が、前衛的な曲とあいまってファンタスマゴリックな雰囲気を高めています。

<第二部>
「イタリア奇想曲」
音楽:P・チャイコフスキー
 パキータのイタリア版といった感じです。出演者全員参加の踊りの後、すぐに男性のトリオをもってくるなど型にとらわれない構成が興味深い作品です。ただそのトリオで、最初はおどけて酔っぱらったような風で出てくるのに途中からまじめに踊りだしたり、出演者の演技の問題なのか、中途半端な感がぬぐえません。

「赤い服をまとったポートレート」
音楽:A・ヴィヴァルディ
女性のソロです。題名通り赤いドレスを身にまとった女性が何かの理由で苦しみ、怒り、悶えています。我慢がならないという風に両手を打ち合わせる動作が印象的です。

「ボレロ」
音楽:M・ラヴェル
 あまりにも有名なメロディーラインを新しい楽器が演奏するたびに新たな男性ソリストが中心に登場し、女性陣はまわりを練り歩き続けるというのが前半の構成。後半は主要なカップルが生き残りをかけた戯れとも争いともつかないやり取りが続き、ついには女性が犠牲として突き上げられ、男性が勝ち誇るというフィナーレです。動作的にはベジャールの「ボレロ」の引用が多く見られ、何か新しいものを観たという感じはありませんでした。男性ソリストのドローヒンは確かに抜きん出て能力が高く、あるいは彼を見せるために作られたバレエかもしれませんが、その完成度は高いとは言えません。



サンクト・ペテルブルクからのひとこと日記

ロシアのパフォーミング・アーツ エンターテイメントのページ はこちらです。