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マリインスキー劇場 『ガリーナ・ウラーノワ生誕100周年記念コンサート』 2010年1月8日

2010年1月8日

 ソ連時代のもっとも偉大なバレリーナといえば、間違いなくこの人の名が挙がります。彼女はワガノワの教え子で、最初はマリインスキー劇場のダンサーでしたが、のちにボリショイ劇場に政府の意向で移籍し、国内だけでなく世界的な名声を得ました。高度なテクニックを持ちながらも、それは奇跡的なまでに自然に見える感情表現、卓越した演技の中に完全に溶け込み、観客が見るのは清廉な魂の化身でした。観客の心を暖かく柔らかい光で満たし、静かな、けれども絶対的な感動を呼ぶ彼女の踊りは今でも最大の称賛をともなって語り継がれています。
 記念すべきこの日は、モスクワからワシリエフ、ミラノからカルラ・フラッチ、フランスからミカエル・デナール、ペテルブルグからはコムレヴァが来賓として顔をそろえました。イヴェット・ショヴィレも招待されていましたが、今回は彼女の来露は実現しませんでした。
 幕開けは、ウラーノワを讃えるとともにロシアバレエの栄光を祈るワシリエフのスピーチでした。プログラムにはウラーノワが特にその才能を発揮したドラマ性の高い3つのバレエが並び、それぞれから一幕目が上演されました。

第一部 「バフチサライの泉」  
音楽:B・アサーフィエフ シナリオ:N・ボルコフ(プーシキンの物語詩をもとに) 振付:R・ザハーロフ

マリヤ:A・コレゴワ  
ワツラフ、マリヤの婚約者:V・シクリャーロフ  
ギレイ、クリミア汗:Y・スメカーロフ  
ヌラリ、司令官:I・バイムラードフ

 当サイト内のバレエ辞典を参照していただけたらと思うのですが、一幕目はポーランド公邸の様子、ギレイの侵攻とマリヤが連れ去られるところまでです。祝祭的雰囲気にあふれる華やかなポーランド舞踊と、激しい戦闘が繰り広げられる侵攻場面のコントラストが印象強い一幕です。その二つの場面を縫うようにして踊られるマリヤとワツラフのデュエットの曲が後の主要モチーフになっていきます。
 抒情的なメロディーにのせて若い二人の清純な恋物語がかたられます。コレゴワは振りを忠実に追っていくという感じだったのですが、シクリャーロフは永遠の恋人とでも言ったらいいのか、彼の喜びにあふれる様があとに続く悲劇を強調し、ドラマに重みを与えました。ワツラフはもともと人物像があまりはっきりしない役なのですが、シクリャーロフは「ロミオとジュリエット」のロミオ役にも通じるところのある熱烈な演技と踊りで観客をひきつけました。
 今回は一幕だけということで残念だったのが、ヌラリを先頭にしたクリミアの戦士たちの踊りが見られなかったことです。戦闘意欲に燃える、というか血に飢えた獣たちにも似て野性的で勇猛な踊りは、特にバイムラードフが得意としています。

第二部 「ジゼル」  
音楽:A・アダン  シナリオ:V・サン=ジョルジュ、T・ゴーチエ、J・コラリ  
振付:J・コラリ、J・ペロー、M・プティパ

ジゼル:A・ソーモワ  
アルブレヒト:E・イワンチェンコ

 ちょっと意外な感じの組み合わせでした。ソーモワは純情で無垢な子供っぽい感じをだそうとしていましたが、無垢なのと教養がないのとは違うぞ、と思ったり。アルブレヒトがジゼルに恋するのは彼女が純情だからというだけではなく、民衆の間において天性の優雅さ、気品を備えていたからなのではなかったでしょうか。それでもソーモワのジゼルはなんとなく見たことがないタイプといった意味でおもしろかったです。
 イワンチェンコのアルブレヒトは恋人が若すぎるので少し戸惑い気味の様子がなきにしもあらず。演技の場面になるとひとつひとつの動作がなんとなくワンテンポ遅れがちなのが目につきました。

第三部 「ロミオとジュリエット」  
音楽:S・プロコフィエフ  振付:L・ラブロフスキー 
シナリオ:L・ラブロフスキー、S・プロコフィエフ、S・ラドロフ、A・ピオトロフスキー(シェークスピア悲劇をもとに)  

ジュリエット:E・オブラスツォーワ  
ロミオ:A・フェジェーエフ  
ティボルト:I・クズネツォフ  
マキューシオ:A・セルゲーエフ 

 最近急におとなの表情を見せるようになったオブラスツォーワですが、この日はいつものチャーミングな笑顔を惜しげなく披露してくれました。踊りも安定していてジュリエット役にぴったりの彼女ですが、欲を言えば、やんちゃな少女、新しい世界へのとまどい、恋を知った乙女と段階を追った感情の起伏にもう少しメリハリがつけばもっとすばらしいのにと思いました。
 年末はケガのために日本公演に参加できなかったファジェーエフも、今回は情熱的なロミオで観客をわかせてくれました。「君のために生きてるんだ!」と言わんばかりの溌剌とした思い切りのいい踊りで、ケガのことなどすっかり忘れさせてくれました。
 アクの強いのが信条のクズネツォフが、粗野な感じのするティボルトで思う存分に演技力を発揮していました。今のマリインスキー劇場でマキューシオをやらせたら、サラファーノフと並んで一押しなのがセルゲーエフです。軽妙洒脱な芸達者で、全体に重厚な雰囲気のバレエの中に、ぱっと陽気で明るい色を差してくれます。

コンサートの最後には生前のウラーノワの映像が幕いっぱいに映し出され、合唱隊の歌声が響く中、観客席と舞台上の全員が偉大なバレリーナに想いをはせました。



サンクト・ペテルブルクからのひとこと日記

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