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ジェローム・ロビンスの『イン・ザ・ナイト』 2009年5月5日・9日 マリインスキー劇場
2009年5月9日
五月の上旬に、マリインスキー劇場でジェローム・ロビンスの「イン・ザ・ナイト」が二度(5月5日、9日 ダブルキャスト)上演されました。この作品は久々の舞台登場。ロビンス自身が振り写しにサンクトペテルブルグに来た1992年からゆうに10年以上を経ての再演です。当時のピアノ奏者(リュドミラ・スヴェーシニコワ)が今回も続けて演奏を行いました。彼女いわく、ロビンスは非常に音楽に厳しい芸術家で、ダンサーだけでなく、ピアノ奏者とも個別にリハーサルを重ね、彼が滞在した期間はそれこそ早朝から深夜まで毎日リハーサルだったそうです。「そんなんじゃ踊らせない!!!」が初演前日の彼の言葉だとか。苛烈さがうかがい知れますね。
また、5月9日には「イン・ザ・ナイト」と同時に「レニングラード・シンフォニー(交響曲第七番 ショスタコーヴィチ)」が上演されました。5月9日はロシアがファシストに勝利したという記念の日で、毎年国中でパレードや航空ショーが行われるなど盛大に祝います。バレエ「レニングラード・シンフォニー」は第二次世界大戦がテーマになっています。年に二度くらいしかお目にかかれないレアな作品でもあります。今シーズンは6月22日(大祖国戦争開戦日)にもう一度上演される予定です。
2009年5月5日 「20世紀の舞踊の夕べ」
「セレナード」・「イン・ザ・ナイト」・「テーマとヴァリエーション」
指揮者:P・ブーベリニコフ
「セレナード」
音楽:P・チャイコフスキー (弦楽セレナード 作品48番 1880年)
振り付け:J・バランシン
バレエマスター・演出家:F・ラッセル、K・F・アロリジンゲン
衣装:カリンスカ 照明コンセプト:R・ベイツ 照明デザイナー:V・ルカセヴィチ
出演:E・コンダウーロワ、D・コルスンツェフ、I・ゴルプ、Y・チェレシュケヴィチ、A・イェルマコフ 他。
チャイコフスキーの弦楽セレナードですが3楽章と4楽章の位置が入れ替わっています。この作品は、もとをたどればバランシンがアメリカのバレエ学校で与えたレッスンが出発点になっています。中には遅刻してきた子や転んで泣きだした子のエピゾードも残っています。けれども、出来上がった作品は統一性を持って詩的形象を獲得しました。人によって解釈は様々で、ある人はコールドバレエの整然とした列の描く美しさをペテルブルグの街になぞらえて「バランシンのサンクトペテルブルグへの憧憬があらわれている」といいますし、また別の人は「これは死についての思索だ」といいます。個人的には後者の意見に近いかなと思います。最後、バレリーナが立ったままのの姿勢でリフトされて、その後をほかのダンサーたちが列を作って続いていくところなどが天国へ向かう道、言ってしまえばお葬式のかたちに見えなくもないかなと。
今回の出演者の中ではイリーナ・ゴルプが活き活きとした演技で注目を集めていました。
「イン・ザ・ナイト」
音楽:F・ショパン 振り付け:J・ロビンス
バレエマスター・演出家:B・ヒュース
衣装デザイナー:A・ダウエル 照明デザイナー:J・ティプトン 照明復元:N・ピルス ピアノ奏者:L・スヴェーシニコワ
出演:A・マトヴィエンコ、D・マトヴィエンコ
A・ソーモワ、S・ポポフ
U・ロパートキナ、I・コズロフ
漆黒の闇に暖かなオレンジ色の星が光る夜空を背景に、夜会服に身を包んだ三組の恋人たちのロマンスが語られます。
[ノクターン27-1] 振り付けでは若いカップルの胸の高まり、昂揚感が繊細に表現されます。マトヴィエンコ夫妻は少し音楽に乗れていないところがあり、ロビンスの振付を十分に活かしきれなかったのではないかと思います。ちょうど音楽が高まるところで、目がくらむ陶酔感、はやる息遣いを表すようなリフトがあるのですが、音楽とずれてしまったことで効果が半減してしまいました。
[ノクターン55-1] 踊りにマズルカのモチーフが取り入れられています。誇り高く洗練された気品のあるポーランドの男女を、ソーモワとポポフが優雅に演じました。ソーモワのなんとなくひと癖ありそうなところがうまく働いたようです。ポポフは持前の上品さで踊りに花をそえました。
[ノクターン55-2] ロパートキナ、コズロフは劇的・情熱的演技で観客を圧倒しました。高すぎるプライドに素直になれずつい反発してしまう女性と、彼女を愛しているけれども付き合い切れずに愛想を尽かしそうになる男性。大人の二人の心に巻き起こる嵐を表現力豊かに踊りました。
[ノクターン9-2] 三組が一堂に集まります。それぞれにドラマを抱えながらワルツを踊ります。全体の和を乱さないように表面は平静を装いながらも、内面ではそれぞれの愛の物語が続いているのが手に取るようにわかります。一定の緊張感を保ちながらフィナーレへと向かいます。
「テーマとヴァリエーション」
音楽:P・チャイコフスキー(組曲第三番 四楽章) 振り付け:J・バランシン
バレエマスター・演出家:F・ラッセル
指導:E・ボーン
衣装:G・ソロヴィヨーワ 照明デザイナー:V・ルカセヴィチ
出演:V・テリョーシキナ、E・イワンチェンコ
テリョーシキナはいつもどおり、安定しているながらも技巧的な、輝きのある踊りで観客を感心させましたが、イワンチェンコが少し迫力負けしている感がありました。クラシックバレエの美を高らかに謳いあげる作品だと思うので(バランシンですからもちろん完全な古典というわけではありませんが)、その主役の二人には完璧な美と調和を求めたいですね。
2009年5月9日 「大祖国戦争戦勝64周年記念」
「イン・ザ・ナイト」、「レニングラード・シンフォニー」
指揮者:B・グルジン
「イン・ザ・ナイト」
音楽:F・ショパン 振り付け:J・ロビンス
バレエマスター・演出家:B・ヒュース
衣装デザイナー:A・ダウエル 照明デザイナー:J・ティプトン 照明復元:N・ピルス ピアノ奏者:L・スヴェーシニコワ
出演:E・オブラスツォーワ、V・シクリャーロフ
E・コンダウーロワ、E・イワンチェンコ
V・テリョーシキナ、D・コルスンツェフ
[ノクターン27-1] 見違えるほどに大人の落ち着きと深みと余裕をそなえるようになったオブラスツォーワ。瞑想的で情緒あふれる踊りでロビンスの振付にあるべき色彩を与えました。シクリャーロフとの息も合い、調和に満ちたデュエットになりました。 他二組についてはあまり肯定的な文章が書けそうにないです。コンダウーロワは大味なところが気になりますし、テリョーシキナはすべてやるべきことをこなしていながらもドラマ性に欠けます。勝手に結論付けますが、今のマリインスキー劇場の「イン・ザ・ナイト」理想の配役は次のようになると思います。
E・オブラスツォーワ、V・シクリャーロフ
A・ソーモワ、S・ポポフ
U・ロパートキナ、I・コズロフ
公演前の広告にはL・サラファーノフも挙がっていました。今後彼が出演する可能性もあるかもしれません。どの配役で観られるかお楽しみですね。
「レニングラード・シンフォニー」
音楽:D・ショスタコーヴィチ(交響曲第七番 一楽章) 振り付け:I・ベーリスキー
デザイナー:V・オークネフ(M・ゴードンの舞台装飾をもとに)
衣装デザイナー:T・ノギノワ
照明デザイナー:V・ルカセヴィチ
出演:女の子‐D・パヴレンコ
若者‐M・ロブーヒン
裏切り者‐M・ベルジチェフスキー
踊りが始まる前の幕に写される、ショスタコーヴィチ手書きの楽譜が印象的です。
[穏やかな幸せ] 若い人々の群像。青い空に浮かぶ旧海軍省尖塔のシルエットが、レニングラードが舞台であることを知らせます。
[襲 来] 最初はかすかに、あとからその音量を最大限に鳴らすスネア・ドラムの絶え間ない脅迫的な響きが、ファシストと思しき敵 軍団襲来を伴います。赤く燃える空の下で逃げ惑う女の子たち。青年たちは数的に圧倒的な敵を前に次々と倒れていきます。滴る血を腕から拭い落とす仕草や、お腹のあたりを手でこねくり回す敵のジェスチャーが、残忍で犠牲を求めることに限りなく貪欲な非人間的なイメージを目に焼き付けます。
一度は倒れながらも絶対に負けない魂の象徴として再び若者たちが現れます。彼らの美しい跳躍が雄々しい姿を強調します。
[レ ク イ エ ム ] あとに残された女の子たちの悲しみが、ときに生きたレリーフの形を取って表現されます。最後の瞬間にヒロインが観客に問いかけるように突き出す両手が、戦争の悲劇を雄弁に語ります。
現在上演するには難しい作品だと思いました。初演された当時は、まさに戦争を経験したダンサーたち(A・シゾーワ、G・コムレヴァ、Y・ソロヴィヨフ、O・ソコロフ)が踊り、そのビデオを見るだけでも迫力が伝わってきます。一つ一つのジェスチャーが明白で、重い意味が込められているのがわかります。特に最後のヒロインのジェスチャーはこころに訴えかけるものがありました。残念ながら、戦争を知らない今の世代のダンサーが踊っても表面的になりがちです。去年、久しぶりに上演された時はコムレヴァが指導にあたり、ダンサーたちも誠実に課題に取り組んだ跡が見られましたが、今回は時間がたってしまったこともおそらく災いして、去年ほどの精神的統一感は感じられませんでした。
サンクト・ペテルブルクからのひとこと日記
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