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2008・6・16   「岩田守弘バレエの夕べ ~ボリショイ劇場のスターたちとの共演~」 モスクワ・ノーヴァヤ・オペラ劇場

2008年6月16日

出演… 岩田守弘 / ナヂェージュダ・グラチョーワ / マリヤ・アレクサンドロワ /
ニーナ・カプツォーワ / ヴャチスラフ・ロパーチン / ネリー・コバヒゼ / デニス・サーヴィン /
クセーニヤ・プチェールキナ/ セルゲイ・ドレンスキー / アナスタシヤ・スタシュケーヴィッチ /
アレクセイ・マトラホフ / ローラ・カチェトコーワ / アルチョム・アフチャレンコ /
オリガ・イワタ / イーゴル・シャルコフ
 ボリショイ劇場で活躍中の岩田守弘さんのリサイタル・コンサートが行われました。第一部がクラシック・バレエ、創作バレエの小品集、第二部が全一幕バレエ《魂》という二部構成でした。内容盛りだくさんで、岩田さんの他にも豪華キャスト出演という事で、とても充実した公演でした。
 特筆すべき演目はまず何よりも、第二部の「日本」を演出したバレエ、《魂》でしょう。日本人である岩田さんが振付をしただけに、しっかりと作品に“本物の”日本らしさが表れていました。バレエの“西洋”らしさと作品の“東洋”らしさが巧く調和しているという印象です。第一部はクラシック・バレエで代表的なパ・ド・ドゥ等と、個性的な創作バレエを織り交ぜたバリエーション豊かなプログラム。作品の素晴らしさももちろん、ダンサーの「これぞボリショイ」というオーラのある踊りをじっくりと堪能できました。

【第一部】 クラシック・バレエ、創作バレエの小品集
・ 《海賊》よりパ・ド・ドゥ (カプツォーワ、岩田守弘)
 カプツォーワは出てきた瞬間から、目を惹く華やかさと可愛らしさがあります。まさしくお姫様でした。コンディションも中々良さそうで、踊りもまとまりがよく綺麗でした。岩田さんは気合十分で、かなりの勢いが感じられました。元気な踊りが気持ちよかったです。出だしからとても盛り上がりました。

・ 《ロシアの踊り》 (オリガ・イワタ)
岩田さんの奥様です。ボリショイのダンサーとはまた違う雰囲気の踊りで、味がありました。可憐な感じが良かったです。

・ 《ラ・シルフィード》 (プチョールキナ、マトラホフ)
  ジェームスがシルフィードに出会って恋に落ちるシーンでした。率直に感想を述べると、2人とも普段踊っている役ではないので、がんばりは伝わりましたが、違和感がありました。プチョールキナ、踊りはまずまずですが、あまり妖精っぽくなかったです。もう少しふわふわとした感じが欲しい所。マトラホフも上品さがいまひとつ。

・ 《結婚式》 (カチェトコーワ、ドレンスキー)
  これにはちょっと、度肝を抜かれました。いきなりクラシックの世界からゲテモノ世界(失礼!)に連れて行かれた感じです。びっくりしましたが、面白かったです。結婚式の後に初めて2人きりになった所、というシチュエーション。花婿がタキシードのスラックスを脱いでパンツ一枚なのはきっとパーティーが終わって気を抜いている事を意味しているのでしょう。花嫁のドレスもスカート丈が膝丈なので奇抜な感じ。(単にバレエ仕様?)踊りもかなり奇妙。机が舞台上にひとつ置かれ、その周りを無表情な人形のように2人が踊ります。最後に花婿が花嫁のベールを剥ぎ取ってしまうシーンが、妙にリアルでおかしくも物悲しくもあります。こういった面白みをだせるかどうかは、踊り手にかかっているのでしょうね。パクリタル振付。音楽ブリゴーヴィッチ。

・ 《富士への登攀》 (岩田守弘)
  岩田さんご本人が振付をしたという作品で、伝統的な和らしさを出しつつもS・E・N・S・Eの迫力ある音楽が現代的。力強くもひょうきんな踊りが岩田さんの持ち味を引き出していました。振付がスピーディーで派手なので、盛り上がります。くるくる変わる表情も愛嬌があって良いです。楽しく明るい作品でした。

・ 《エスメラルダ》より“ディアナとアクティオン”のパ・ド・ドゥ(スタシュケーヴィッチ、ロパーチン)
  スタシュケーヴィッチはこの日調子が良さそうでした。普段気になる足捌きの雑さもなく、綺麗だったと思います。フェッテの軸足が傾き気味だったのがちょっと気になりましたが、概ね良かったです。雰囲気は華やかで気が強そうでした。
  ロパーチンは相変わらず、流れるような踊りが見事でした。特に決めポーズが緩やかでありながらピシっと決まるのが素晴らしいです。

・ 《囚われ人》 (サーヴィン)
  岩田さん振付の、無実の罪を着せられた男の苦悩を描いた作品。踊りの中にマイムがたくさん織り込まれていました。ドアを激しく叩き鳴らしたり、鉄格子をつかんで揺すったり…緩急が絶妙でした。
  サーヴィンは中々良い演技だったと思います。激しいけれども押し殺すような踊りからは、どことなく諦めが含まれたような絶望感を感じられました。音楽、F.メンデルスゾーン。

・ 《グラン・パ・クラシック》 (アレクサンドロワ、アフチャレンコ)
  アレクサンドロワはいつも以上に迫力を放っていました。登場した途端に舞台の空気が変わりました。それもそのはず、相手はまだまだ若手のアフチャレンコ。しかし、それにしても…やっぱりあのピシピシと伝わってくる気迫は尋常ではなかったです。かつ踊りはゆったりとし、品があって綺麗でした。さすがはボリショイのプリマ、といった貫禄を見せてくれました。アフチャレンコは軽やかな跳躍と身のこなしが綺麗ですが、この日の調子はあまり良くないようでした。

・ 《ゴパック》 (岩田守弘)
 ウクライナの踊り。真っ赤なニッカポッカのようなぶかぶかのズボンを穿いて踊る陽気な踊りです。ご本人が得意としているだけあって、俊敏で華麗な踊りが素晴らしかったです。会場も拍手大喝采でした。

・ 《 Осознание  (アサズナーニィエ) 》 (グラチョーワ)
  タイトル(ロシア語)を日本語に訳すと、“自覚、認識”という意味になります。岩田さんがグラチョーワの為に振付けた新作だそうです。音楽はG・マーラー。グラチョーワの存在感は、いたって静かでそこだけ別世界が生み出されている…というイメージ。そんな彼女に振付けられた作品だというのがよく分かりました。グラチョーワの踊りはまさに静寂のなかを動く感情そのものでした。“自覚”とはこんなにも複雑な感情なのだと、改めて思ったものです。ちなみに衣装は、まだらに濁った白とも灰色ともいえない色で身体にぴったりとしたもの。これも抽象的で複雑なものを表しているのでしょうか。普段クラシックの作品を踊るグラチョーワを見慣れているだけに、新鮮でした。人間の身体がこんなにも美しく動くものなのかと、驚かされました。
(※この作品は、いわゆる現代の抽象的なバレエと言えると思うのですが、そうなると解釈は難しい所です。あくまでも素人の個人的な解釈ですので、悪しからず。)

【第二部】 一幕バレエ 《魂》  

※以下、配役・あらすじ等はプログラムより引用、参考
( 音楽:《鼓童》 / 振付:岩田守弘 / 衣装:エレーナ・ザイツェワ / 文字揮毫:吉田良子 )
~配役~
老師・タケロー:サーヴィン 
アマテラス神:コバヒゼ
“三羽の鳥” コウノトリ:スタシュケーヴィッチ /  ツバメ:プチョールキナ / ハト:オリガ・イワタ
“五人の勇者”(動物は、それぞれの力を表す)
  「威力」(ドラゴン:岩田守弘)    「勇敢」(トラ:ドレンスキー)  「賢明」(ヘビ:ロパーチン)   
  「器用さ」(ヒョウ:マトラホフ)    「冷静」(ツル:シャルコフ)

~あらすじ ~
 東洋の神聖な儀式にまつわるお話。昔々、東洋のある島に人々が暮らしていた。あるとき、火山が噴火し、島は灰に覆われてしまう。木々や植物は絶えてしまい、人も動物も飢えに苦しむようになる。
 唯一この島を救う方法を知る老師の下に、混沌に襲われた人々を救おうと五人の勇者が集まる。老師曰く、「三羽の鳥が地に舞い降りる雨の夜、聖なる地を洗い清めよ。そしてみなの魂を神に捧げれば、神は目覚め、大地にお出になる。その時願いを申し出ることができる。」これを聞いた五人の勇者は、邪悪なものを払い、聖なる地を清めた。
 三羽の鳥が神を迎えに飛び立つ。勇者は自らの魂を捧げていく。素晴らしい自然と美しい夜空、愛しい人、師匠の下での厳しい修行、酒と博打を楽しんだ日々、子孫と民への思い……各々が抱く生の喜びの思いを魂に託す。五つの魂が全て捧げられると、神が目覚めた。そして三羽の鳥に導かれ、地に降りてくる。
 ところが、聖なる地に生きた人間の老師がいる事に神は気がついた…怒る神に老師は人々……老師がふと気がつくと、いつの間にか夜が明けており、辺りには誰もいない。ただそこには、一本の小さな木が生えていた。この木は、皆が創った明るい未来の象徴である。

  日本の和太鼓グループ鼓童の“族”という曲からはじまるこの作品。ほんのり朱を帯びた空は朝焼けか、それとも夕焼けか…静かに響く太鼓の音に合わせて五人の勇者がすっと現れます。老師も登場し、三羽の鳥がどこからか現れる。老師が三羽の鳥にハチマキを渡し、三羽の鳥が5人の勇者に手渡す。勇者は渡されたハチマキを結ぶ。この“ハチマキを結ぶ”という演出がとても日本らしい神聖な儀式のようで、これからはじまるという緊張感がひしひしと伝わってきます。
  いよいよ勇者たちが踊り始めます。段々と太鼓の音が強くなっていくにしたがって、五人の勇者の舞も激しさを増す、その様子がとても格好良く迫力があり、そして美しいです。

  五人の勇者それぞれのもつ力が、しっかりと踊りに表れていました。ドラゴンの岩田さんは弾ける様な力強さ、トラのドレンスキーはどっしりとした力強さ。ロパーチンのしなやかで力強い動きは、まさにヘビ。鋭い動きが力強いマトラホフは、ヒョウ。ツルのシャルコフのゆったりとした力強さ……役とダンサーの個性が合っていて、なるほどと頷けました。
  三羽の鳥は、勇者とは対照的に柔らかい女性らしい踊りが対照的。コウノトリのスタシュケーヴィッチは特に勢いのある鳥で目立っていました。オリガ・イワタは、素朴な感じのする動きがハトっぽい気もします。プチョールキナはどことなく元気な雰囲気がツバメ?…と、踊りの印象と役とを照らし合わせて何となく分析してみたという程度で、鳥のイメージは中々難しかったです。
  そして、老師としては存在感の重さに欠ける感じのするサーヴィン。しかしそこは、歳若い彼には無理もない話かもしれません。上背がある分、別の存在感という感じはしましたが…。

  五人の勇者が魂を捧げて次々と倒れていくその時、その度に後ろに掲げられた“魂”という文字が朱色に光って死を告げます。やがて全員が魂を捧げて横たわっていると、がらりと曲調が変わって、東洋でも日本とは違う、どこか異国っぽさを感じるような銅鑼の音が神の登場を告げています。アマテラス神のカバヒゼが登場です。
  重々しさや迫力にはやや欠けるものの、美形の彼女の容姿や佇まいには神秘的な雰囲気が感じられ、一際目を惹きます。この後はまた勇者たちが立ち上がって踊るのですが、白い面をつけているのがこの世の者ではないことを意味しているのでしょう。動きも面も不気味です。生きた人間である老師に気付いたアマテラス神が怒ってしまうシーンは、迫力が今ひとつで物足りなさがあったのは否めませんが、最後に向かって緊迫した雰囲気は良かったです。
  アマテラス神が怒りを解き、静寂が訪れる。老師が小さな木を見つけたところで、幕は閉じます。

  作品そのものは極めて日本的でありながら、バレエらしい異国情緒が漂っていて、大変独創的で魅力のある作品でした。日本を表した作品を、日本人ではない人が踊っている点も、この作品の魅力を大いに引き出していると思います。
  「クラシック・バレエには民族的な要素がある。それはつまりバレエを通して民族を見せるという事。自分は日本を見せたい――それはつまり、ボリショイの伝統を土台にした日本スタイルのクラシック・バレエ。」この作品に関するインタビューの岩田さんの言葉です。
  これはつまり、《魂》がボリショイのバレエである事を示しています。これは必ずしも“日本人ではない人が踊る”という事に拘っているとは言えませんが、近い事には間違いありません。ボリショイには、日本人は岩田さんただ一人なのですから。バレエと民族的要素の関係性の奥深さを感じた、そんな作品でした。 

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