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マリインスキー劇場 第10回国際バレエフェスティバル 『アンナ・カレーニナ』(初演) 2010年4月15日

2010年4月15日

音楽:R・シチェドリン  振付:A・ラトマンスキー  指揮:V・ゲルギエフ
登場人物:
アンナ・カレーニナ―D・ヴィシニョーワ
アレクセイ・カレーニン―I・バイムラードフ
ヴロンスキー―K・ズヴェーレフ

 第十回フェスティバルはラトマンスキーの「アンナ・カレーニナ」で幕開けとなりました。この作品は以前にデンマークで振付けられたものを、マリインスキーでの公演のためにいくらか改訂したのだそうです。トルストイの話を変えるというようなこともなく、正統派ドラマバレエといった感じです。だからといって踊りが少ないというわけではなく、お話を踊りで描写するようなわかりやすい作品になりました。踊りのスタイルもクラシックバレエかネオ・クラシックに分類されるもので、ちょっと懐かしい雰囲気がしました。
 衣装はお話の時代設定と同じスタイルで、軽い素材を使いつつ時代の情緒たっぷりです。背景は反対に簡素。白い壁にプロジェクターでペテルブルグの風景画が次々に移されます。一番の舞台装置の目玉でありながら、初演の妨げとなったのが巨大な汽車の車両です。実物大に再現された汽車がさらに右へ左へ回転させられているところを見るのは感銘を受けますが、重さのせいか初演では左端が沈み、リノリウムをひっくり返してそのままの上演続行は不可能となってしまいました。マエストロが指揮台を降り、幕も閉じられて「技術的な休憩時間」に突入。休憩時間後に続いた場面で汽車が必要だったのかどうかはわかりませんがなくなっていました。そもそもラトマンスキーの演出上あの汽車の役目はあまり重要でもなかったので、なくてもたいした痛手ではなかったかなと。
 
 今回の舞台はとにかくダンサーたちがすばらしかったです。ヴィシニョーワは最初の登場から燦然と輝く大粒のルビーのごとく、人妻の蠱惑的雰囲気も加わって、まさに激しい愛のために生まれた女性だということを納得させます。ふりきれる直前の針のように彼女の神経は研ぎ澄まされ、そのエネルギーが観客を酔わせます。途中の「技術的な休憩」のせいで爆発的な昇華の頂点に向かって続くはずだった過程は途切れ、休憩直後は一瞬緊張がきれたようなそぶりもありました。家庭の足枷をとき放ち、ヴロンスキーのもとへ駆け寄るアンナの思い詰まった足の運びが気のないものになりました。「休憩」さえなければ、と思わずにはいられません。それでもクライマックスに向かって調子を戻し、最後は観客を感動の渦に巻き込みました。
 経験不足が心配されたズヴェーレフですが、どうしてなかなか。溌剌とし、とても魅力的なヴロンスキーを演じました。ヴィシニョーワに迫力負けすることもなく、むしろ猛るような若さで自分の存在感を強く印象付けました。
 バイムラードフも、厳格なカレーニンが妻の不貞に悩み、尊大に許しを与えようとし、最後はそれまで見向きもしなかった子供をたてに自分の地位を守ろうとするという複雑な心理の移り変わりを微に入り細に入り演じ切りました。
 もう一人名前を挙げておきたいのがキティ役のE・オブラスツォーワです。出てくるのは最初のほうだけですが、アンナの対極として、幸せに満ち溢れる木漏れ日のような優しく暖かいオブラスツォーワのキティは作品全体の中で埋もれてしまうことはありません。
 
 「技術的休憩」の波乱はあったものの、満場の拍手喝采を受けてフェスティバルは華々しく始まりました。



サンクト・ペテルブルクからのひとこと日記

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